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2016年3月28日月曜日

乙武さんの何が悪いのか

ラーメンとは全く関係ない話だけど、例の乙武さんがなにやら散々な評判だそうで。

つい先日、ある男性知人に何気なく「子持ちの女性と仲良くなるより、子供のいない女の子と仲良くなって子供を産ませたい」と言ったら、ものすごい剣幕で「そんな気持ち悪いこと言うなら友達やめるぞ」と、その通りに言われたわけじゃないけどすごい勢いで説教された。おいおい、いったいなんだってんだ。そんなのただ単に、男同士の下世話な軽口じゃないか、なにをそうムキになってるんだ。お前のほうこそ、ただの軽口にそこまで言うのは言いすぎじゃあないか。謝れ。と、まあそんな風に直接言い返したわけじゃないけど、ちょっとあの反応はあまりにも解せないなあと思った。
そりゃあ、女の子に直接「あなたに子供を産ませたいので、俺と付き合ってください」なんて言ったら、付き合ってもらえるものも付き合ってくれなくなるし、そればかりか話もしてくれないほど嫌われちゃいますよね。俺だって、それくらいのデリカシーは持ってるつもりです。
でもさ、別にそういうわけじゃなくて、男同士の会話だったらこの程度普通にすると思うんですがね、どうです?男性諸君。別にこの程度のエロティックな下世話口なんて、男同士なら普通にしますよね?いや、もっとストレートに、「あの子犯してぇ」とかも言ったりするでしょ?え、しない?うーん、まあ人によるとは思いますが、別に、そうおかしな話ではないとは思うんですけどねえ。どう思います?
男なら、誰だって、口には出さなくたって、かわいい女の子に、それもできるだけ沢山の女の子に、自分の種を植え付けたいと、そう考えるのが普通でしょう。本能的に、そういうことになっているはずです。そう考えるだけでも気持ち悪い、とか言われると、お前のほうが異常なんじゃないのか?って思っちゃいます。勉強ができる奴とか、いい大学に通ってるやつに、そういう奴多いですよね。一体、成績優秀ではあるけれど、本当に人類種として優秀と言えるのでしょうか?

だいたい、歴史上の優秀な男性というのは、得てしてそういう、できるだけ多くの女の子の体にできるだけ沢山の種を植え付けたいという欲求を強く持っているものである。例えば、チンギス・ハーン。あるいはまたそして、乙武洋匡氏。
乙武氏といえば、そりゃあ優秀ですよね。「五体不満足」という大ベストセラーを書き、生まれながらにして背負ったハンデをものともせず、それどころか、そんな人生を楽しんですらいるかのような、そんな精神的なたくましさに多くの人が心を打たれ、また小学校の教諭になったり参院選に出馬したりと、とにかく活動力が旺盛な方であります。
まあ詳しくは他にゆずりますが、とにかく優秀なお方です。
優秀ということは、つまり生命力が強いということでもある。生命力が強いから、本能的に、自分の分身をできるだけ沢山作ろうとするのであろう。そうすることによって、地球上の人類の歴史がより長く、強く保たれることになるのだ。人類全体の幸福の総量を上げるためにも、このような優秀な人間の種が多量に撒かれるということは歓迎すべき事柄であるに違いないのである。いくらお勉強ができても、童貞のガリ勉東大生なんかあんなもの、人類繁栄にとってはクソくらえである。

だから乙武氏のような、極めて優秀で生命力のある存在であるなら、本能的にたくさんの女性と関係を持ってしまうだろう。自然が、彼をそういう欲求に駆り立ててしまうのである。そしてそれは、人類全体にとって、自然にとって、喜ぶべきことなのである。それを、社会的モラルだなんだといって狭い了見に押し込めて批判しこき下ろすというのは、どうせそうしたくても能力が足りなくてできない奴が悔しがって言っているか、あるいは種が優秀ではないために本能的にそのような欲求を思い浮かべることすらできないという脆弱な奴が無理解ゆえに言っているか、どちらかでしょう。あるいは、魅力が足りないために夫を自分の基に縛りつけることができなかった妻に同情するこれまた魅力の欠ける女性達共も言っているだろう。なんにしても、能力が、生命力が、あるいは魅力が足りないから、言っているのである。
俺はもちろん、彼らと同じように、そういう欲求を持ってはいても魅力と能力が足りないから、とても乙武さんのように自由に複数の女性と関係を持つような器用なことは絶対に出来ない。それで乙武さんを羨ましがったり悔しがったりする感情はもちろんあるけれど、だからといって、上記のような、批判する者共の卑屈な精神構造を理解してはいるつもりだから、俺は卑屈になりたくはないから乙武さんを批判する気持ちはさらさらない。彼はなにも悪いことをしていない。それどころか、人類や自然の幸福へ貢献すらしている。いったい何がいけないのだ。

乙武がダメでないのなら、モーニング娘のやぐっちゃんも同じく不倫したけど、あれも許されるべきでは?という意見もあるでしょう。
だが俺は断固こう主張する。「乙武さんは全く悪くないがやぐっちゃんは悪い」と。
理由は単純、やぐっちゃんは女性だからだ。
こう言うと、「男なら浮気してもよくて女なら浮気してダメだなんて、そんなの女性差別じゃないか」って反撃する人も居るけど、それは全く的外れな無理解な批判だ。
なぜなら、優秀な男が優秀な種をできるだけ多くばらまくのは、人類繁栄に多大に貢献するが、いくら女が優秀だとしても、一人の女が複数の種を受け入れたって、生まれるのは一人であり、全然人類全体の繁栄に貢献していないからだ。女の浮気は、男の浮気と違って、ただ単に個人的な快楽を満たすだけで、世のため世界のためにならないのだ。
男性器と女性器の関係というのは、矛と盾の関係と同じだと言える。要するに、たくさんの相手を刺せる矛は頼もしいが、簡単に貫かれる盾はなんとも頼りない、と、そういうことだ。お分かりいただけただろうか。
つまりこれは、男性性、女性性の違いの問題なのだ。差別などでは全く無い。生物学的に、そうなっているんだから、不平等だといわれようが仕方が無いのだ。
著名人の威を借りるのは好きではないが、筒井康隆氏も同じことをどっかに書いていたような気がするのは一言添えておいてもいいだろう。
つまり、やぐっちゃんは大いに非難されるべきだけど、乙武さんは決して非難されるべきではない。そういうことだ。

また、不倫自体がいけないのではなく、本来被害者である妻にまで謝罪させたのがいくない、という意見もある。まあわからなくはないけど、でも家庭ってのは、全体で一つなのである。夫の不始末は妻の不始末でもある。だって、奥さんが魅力的で、他の女になびく隙も与えないほどの愛情を夫に注いでいたのなら、乙武さんだって浮気なんてしなかっただろう。つまりは、乙武さんほどには優秀でも魅力的でもなかった妻の落ち度とも言えるでしょう。だから妻が謝罪するのはおかしくない。乙武さんは全く悪くないのだ。

こう考えていくと、乙武さんが批判される理由は全く無いということになる。だいたい、不倫なんて別に刑事責任を問われる犯罪などでは全くない。民事の問題である。借金が返せないのと同じようなものだ。そりゃあ、社会的には決して良いことではないだろうけど、でもこうまで批判される筋合いは無い。ましてや人類全体から見たらむしろ、多大な貢献をしている。讃えられこそすれ、非難される理由は全く無いのだ。だから今現在、乙武さんを方々からヤイノヤイノ非難している連中は、ただの卑屈なモテナイ君か、あるいは長期的な人類の繁栄よりも目の前の社会的モラルのような小さな問題ばかりを気にする糞つまらないジョーシキ人か、あるいは乙武さんの妻のように魅力や能力に欠ける非優秀な女性共だろう。

もし乙武さんに、少しでも非難されるべき要素があるとすれば、それは「浮気がばれてしまった」ことだろう。本当に優秀なのであれば、その頭脳を生かして、浮気の4つ5つくらい隠し通すくらいの気概が必要だったのだ。「隠し通した浮気は無かったのと同じだ」という諺もあるでしょう(そんなの無いか?)。とにかくその点で、乙武さんはちょっと、優秀さが足りなかったのかもしれない。
だが、それだけで、今現在のように酷く非難される理由にはならない。やはりこの現在の、乙武さんに対する方々からの批判は、不当なものなのだ。
批判している人達、乙武さんを批判する暇があるんだったら、少しでも女にモテる努力をしてみてはいかがでしょうか。あるいはあなたが女性だったら、好きな男をほかの女に取られないほどの魅力を身につける努力をしてみてはどうですか?


ご意見をお待ちしております。


で、先ほどの知人だけど、こういう場合は議論すればするほど本題からズレていってしまうものだから俺としては何も言わずにいる。別に考えを改めてもらいたいとも思ってない。人それぞれでいいと思う。ただ、いくらなんでも俺に対してひどく言いすぎだったということを謝ってくれればそれでいいのだが、本人はそれに気づいてくれるのかどうなのか・・・もし万が一これ見てたらなにはともあれ、一言「ごめん」って言ってくれればそれでいいです。でもまあ見てないだろうなあ・・・


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